top > 雑感 > 雑感10

今更ながらの話題ですがデジタルは…

雑感10 (2005年1月22日)

(二回続けて家の思い出話をしてしまいすみません。今回は今更ながらのネタです。すみません。)

今までの写真の経歴を考えたとき、デジタルから写真の世界に入り込んでいったので私にとっては重要なポジションにあるべきものがデジタルカメラです。
しかし、今や作品作りのパートナーとしてはほぼ銀塩一本になっています。

別にデジタルが嫌いとか、デジタルでは作れないような特殊な作品(あるのかな?)を狙っているわけでもないのですが、ほぼ銀塩派となっているのはひとえにメーカーに踊らされるほど『お金』がない(いや、ないことはないけどもったいない^^)からです。

結局作品つくりの大きな要因はレンズと記憶媒体ですよね。フィルムカメラの場合は私が主にやっている風景・花・ネイチャーの分野においてEOS1VでもEOSkissでも大きな違いはなく、レンズとフィルムさえ同じならほぼ同じ作品が撮れるといっても言い過ぎではないと思います(露出補正のステップは私は0.5ステップでやっていますので…)。

一方デジタルは、例えばEOS1DsMarkUとEOS10Dでは同じレンズでも出来る作品は大きく違うでしょう。しかも一般的に言われるのはやっぱり値段相応の出来上がり(解像感や白トビ・黒潰れ)になっていきます。さらに画像データーの保存もバックアップをしっかり取っておかないとまずいですよね。かく言う私も、オリンパスの130万画素機で撮ってもらった自分の結婚式の画像データーの保存先をクラッシュさせてこの世からなくしたこともあります。
2〜3年で旧型を凌駕した新型が出て買い替えをしたくなるのが目に見えているカメラに70万も80万も出せないですし、下のグレードを買うと買ったその瞬間から上のグレードが欲しくなるのも目に見えています。これは銀塩にも共通することですが、銀塩はデジタルと違いレンズとフィルムが同じなら出来る作品に大きな違いがなく、製品のサイクルもデジタルよりはるかに長いのがいいと思っています。
そんな理由で銀塩派の私なのです。

ところで私が今後も永遠に銀塩で行くかというとそんなことはないでしょう。普及機の作品の出来上がりのクオリティーがフィルムカメラ並になり、お値段も最低限今のデジタル一眼の入門機位まで下がり、データーの保存が億劫でないと思えるようになったらデジタルにもいきたいと思ってはいますが、デジタルの更なる進歩がなければあと数年は銀塩派でいることになりそうです。

< 雑感 トップへ

< back  next >

top