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管理人のくるまヒストリー(独り言)前編

雑感47 (2005年9月17日)

自分の専用の車がなくなって早2年。そろそろ自分専用のキビキビ走るくるまの欲しくなってきた今日この頃。。。

学生時代にクソ生意気に自分用の車が欲しかった管理人は大学4年生の時友人から個人売買でカローラレビン(通称ハチロク)を譲ってもらいました。

こんな車の赤/黒ツートンカラーでした。

59年式の今思えばチャンガラマシーンでした。

今じゃあ考えられない重ステ、パワーイルンドーの仕様で集中ドアロックなんか当然付いていませんでした。


当時はまだ車高の低い車がオマーリさんに目の敵にされている時代に車高が超低い仕様で渡されました。排気音も車検対応マフラーでしたが対応ではない音量でしかも眼がチカチカする排気ガスをばら撒くような車でした(≧ヘ≦)


車高が低い車がオマーリさんに見つかるとどのような目にあうかと申しますと・・・・・


街中なんかで白バイとすれ違い、そのとき目と目が合ったなら。白バイに乗ってるオマーリさんの目はハートマークになってます。赤色回転灯をおもむろに回し始めワザワザUターンをして追いかけてきます。
そしてマイクで『コラーヽ(`⌒´)ノ前の車トマレー』なんて大声で怒鳴ってくれます(笑)

もう市内を歩く人たちの注目を集めまくっています。
そして免許証を奪われジャッキアップを命じられるのです。そんな街中のど真ん中でジャッキアップをさせなくてもいいのに(汗)

ジャッキアップをしてスプリングが遊んだらアウト(整備不良)です。
でも私の乗っていたハチロク号は公認こそ取っていませんでしたがちゃんと作った車だったので整備不良にもならず事なきを得るのですが、当時のそういった車に乗った人の多くは整備不良で青い切符を頂戴していたようです。


走行会に出ていた車だったので私も出たかったのですがいかんせんチャンガラマシーン。
ミッション・デフ・マフラーと次々壊れ走行会どころではありません。はっきり言って金のない学生の乗る車ではありませんでした。



ちょうどその頃JAF公認のラリー・ダートトライアルのクラブに入り舗装していない道を走る楽しみを覚えていた頃でした。
初代の愛車であるハチロク号は後輪駆動であるために土の上を走るのは向いていませんでした。
そこでハチロクを手放しクラブの先輩から日産マーチ スーパーチャージャーターボラリー仕様の車を譲ってもらいました。

そうそう、この車のコマーシャルのキャッチフレーズはマッチのマーチでした。懐かしい^^

この車のラリーベース車でフォグランプなしの白色でした。

この車は加給器の排気量の係数の関係で987ccのベース車よりも排気量を小さく930ccにして一つ下のクラスで戦えるようにした気合の入ったモデルでした。当然重ステ、パワーイルンドー、集中ドアロックなしだったですが、それに加えてエアコンまでありませんでした。内張りも全てはがして2シーターにしてあり4点式のロールゲージまでついたホントの競技車両でした。はっきり言って夏場は地獄の暑さでした。ハンドルの重さがまた半端でなく38か39パイ(もう忘れました)の大きなハンドルでないと重くて(それでもすごく重いハンドルでしたが・・・)まわせないような車です。

よくこんな車に乗っていたと思いますが軽量ボディーを下の回転域はスーパーチャージャーで引っ張り出し、回転が上がるとターボに切り替わる加給システムでハチロクとは明らかに違う加速フィールでかなり楽しい車でしたよ。

でも、マーチってホイールベースが短くてトレッドも狭いんでダートラなんかでよくひっくり返るんです。
幸い私の車はひっくり返りませんでしたがテスタ(テクニックステージタカタ)で競技中にひっくり返ったのを目の当たりにしたときはホントびっくりしました。



でも、私が入った会社はマツダのディーラー!

どうなる私のクルマ人生???


後編に続く・・・

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