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管理人のくるまヒストリー(独り言)後編

雑感48 (2005年9月24日)

さてマツダに入った私はしばらく歩きの飛び込み部隊にいましたのでマーチで通勤し先輩に団地に連れて行かれて歩いて営業してました。

しかしそうは言ってもマーチで仕事とはいきませんので父が使っていたファミリアワゴンを借りてしばらく営業でした。
しかし、そのファミリアワゴンは私が事故で廃車にしていまい、父にも悪いことをしました。


そんな時ディーラーの先輩の妹さんが車を買い換えるので乗っていたファミリアセダンが余ると聞きました。
車を選んでいる場合ではなかったので早速その話を頂戴し今までの車とはうって変わった4ドアセダンのAT車になりました。

この車の紺色でした。

ATで1500DOHCのエンジンは今までのった車からすると非常にパワー感に欠け上り坂などは超イライラしました。
しかし、足回りはしっかりしていて高速安定性も当時のこのクラスのファミリーセダンのなかではいいほうだったと記憶しています。
配属になった廿○市店の先輩営業マンの多くもこの車に乗っていてマツダの営業マンのある意味スタンダードな車だったろうと思います。
この車は1年乗りましたがセルモーターのオーバーランにみまわれて廃車にしました。


ごく普通のくるまで普通に乗るぶんには何不自由なかったですがいかんせん私には楽しくないクルマでした。



ファミリアセダンが廃車になり困っていると先輩から『元社員がファミリアを乗り換えていらなくなったけどいる?』と聞かれました。
断る理由はどこにもないので二つ返事で頂くことになりました。

この車の真っ赤な色でした。冠婚葬祭に向かない色でした。

5速MT車の復活です。1トンを切るボディーに120馬力の軽くふけあがるエンジンで絶対的には速くないんですが体感的にはキビキビ走る気持ちのいい車でした。

ある日隣町の営業所の先輩からサスペンションがはずしてあるけどいらないかと電話がありました。車高が少し下がって硬くなるちょっとスポーティーに走れるサスなんだと説明を受けました。安く譲ってくれるということなのでそれを装着しました。結構硬い足でスポーツ度がアップしました。ついでにブレーキパッドを変えシートもハチロク時代から持ち越しのレカロシート(フルバケ)を装着し簡易サーキット仕様の完成です。

同期の営業マンに誘われTIサーキットデビューをしました。それからはサーキット走行に目覚め何度かサーキットを走りました。
さすがに社会人になると峠を攻めてというわけにはいかなかったですね。


しかしこの車は事故にあい廃車となりました。



次の車はまたしても先輩営業マンから声が掛かりました。
一台は女性の営業マンがアスティナの5速MT車をあげるよと言ってくれ、もう一台はファミリアの4WDターボをあげるといってくれる男性営業マンでした。

私も営業だったし自分の車を営業に使わないといけない会社だったので燃費の悪いファミリアターボは辛かったのですが、サーキット走行にはまっていた管理人は4WDターボを選んだのでした。

ちょうどこんな車でした色は黒で2シーターにしてました。

車検が切れていたので自分の所の整備工場で車検を通してもらいそのとき乗車定員を2名(リアシートなし)に変更してもらいました。
自分が所属していたラリーのクラブの先輩から7点式のロールゲージを頂戴できることになっていたのでそれを組みました。

レカロシートも勿論つけて今度のくるまはほとんどレース車両のようになりました。これで営業を毎日していましたから若かったですよね。
エアコンの効きが若干悪かったのをのぞけば調子のいい車でして、私の車歴では最長の4年も乗りました。結婚後も当分乗っていましたが次の車の話が出たのでクラブの人に譲りました。



次の車は最後の自分専用車になるロードスター。

この車の白でした

この車は独身時代の妻→友人→結婚後の私と渡ってきたくるまです。
適度にいじってあったので追加でお金を掛けることなくいきなりサーキットに持っていけました。
いい年をしてオープンにするなと言われながらオープンで走るのはやっぱり気持ちいいものです。
自分が売っていた車ではありますが、試乗車でのるのと自分の車としてのるのではやっぱりちがいますよ。
是非機会があればロードスターに乗ってみられるのをお勧めしまっす。


でもこの車も家の購入時に手放すことになりました。

それ以降管理人は自分用の車を持ってないのです。
カメラ趣味とは違った楽しさのある車趣味をもう一度復活させたいものです。


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